エピチャン

2010/04/25

久し振りに東京にいた頃の友達にメールをした。
ずっと連絡したかったんだけど、する勇気が起きなかった。
「おれは今、福岡の田舎で八百屋をやってる」だなんて。
言葉にするのが寂しかったんだ。
何だかあいつと住む世界が変わってしまったみたいで。

ヒロシとは、数年前に深夜の渋谷で出会った。
寒い冬の日に終電を逃した、深夜の牛丼屋だ。
隣の席に座ってきた彼は、イカれたチベット衣装みたいな季節感のない服をまとい、
わけのわからない帽子を被り、インディアンアクセサリーを大量に身につけ、
首からは東トルキスタンという国の、国旗のバッジをぶら下げていた。
こういう頭のネジがいくつか飛んでるみたいな奴が僕は嫌いじゃないし、
大抵は友達になれる。
案の定、すぐに意気投合した。生卵をおごった。

二人の遊び場はいつも、渋谷か横浜だった。
いつもつるんでは二人してバカみたいにナンパしたり、クラブでウイスキーキメて踊ったり、
ロングスケボーニケツで道玄坂を駆け抜けたり転んだりしていた。
渋谷のハチ公前でタップダンスのパフォーマンスをやったり、
許可なしに路上でゲリラフリーマーケットをやったりもした。
やばい奴にぶん殴られたり、名前も知らない女を持って帰って看病してもらったり、
もうとにかく毎日がハイだった。葉っぱなんてキメなくても、十分ブッ飛んでた。
大好きな街のアンダーグラウンドには、鳴り止まないダンス・ミュージックと、かわいい女と、
朝には小便になるビール。
二人でいつもバカみたいに腹抱えて笑ってたし、どこかでうっかり死んでも、それはそれでアリかなと思ってた。

こう見えて彼にはズバ抜けたセンスや才覚はあって、
10代の頃は美容師を目指し、ヨーロッパでビダルサスーンのスクールに行ってたというから面白い。
何故そんな将来有望株なのに美容師を辞めたのか、と聞くと、

"どんなにすげえ美容師になっても、せいぜい自分の店構えるだけだし、そんな人生退屈じゃん"

あいつらしい。

彼は毎日、肉体労働で日銭を稼いでは、
その金をその日の飲み代に全て注ぎ込むという完全にダメ親父スタイルで、
とにかく毎日が悲劇的に貧乏だった。
旦那には絶対しない方がいいタイプだけど、
僕にとってはそれがどうやらいい塩梅、だったらしい。
自論だけど、金がなくても遊べる友達というのが本当の友達だと僕は思ってる。
ガキの頃がそうだったし。
大人になればなるほど、金がないと何にも遊べなくなる。そんなのって悲しくないかな。

「八百屋いいね、おれは相変わらずだよ」
彼からのメールに、僕は返事を返せなかった。
スラムダンクで言えば、ミッチーが不良を辞めてバスケを始める時に鉄男とサヨナラをする、あの気持ち。
「その頭、スポーツマンみたいだな。お前にはその方が似合ってるよ」っていう、あれね。

全く違う土地で別々の道を進む、もう交わらないベクトル。
二人が次に再会して一緒に飲む酒は、あの夜とは違う味がするのかと思うと、たまらなく寂しい気持ちになる。
もう戻れないところまで来てしまったのだから。

"どんなにすげえ美容師になっても、せいぜい自分の店構えるだけだしそんな人生退屈じゃん"

今、ヒロシの言葉を思い出す。
ヒロシ、おれは退屈な人生を選んでしまったのかな。
ダセえなってお前に笑われてしまうかな。
でもおれはこの道を行くって決めたよ。
また会おうな、ヒロシ。
おれのいないところでうっかり死ぬなよ。

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